リノベーションで遺せるモノ〈鎌倉・湯浅物産館を訪ねて〉

物産貝細工製造卸湯浅商店

先に、湯浅物産館の耐震改修工事を行った菅原浩太建築士にお話を伺いましたが、実際に建物も見てきました。

湯浅物産館は、鎌倉若宮大路を鶴岡八幡宮に向かって歩いて左手にあります。玉虫色のタイルの外壁と特徴的な縦長半円の6連の窓が特徴的な建物です。建物には、大きく「物産貝細工製造卸湯浅商店」という文字がレトロな書体で掲げられています。

今回は、現在の湯浅物産館の代表である湯浅弘邦さんのお母様である湯浅トキさんに建物を案内いただきました。

○木造の建物の前面に装飾を施した「看板建築」の湯浅物産館。               

看板建築の湯浅物産館

湯浅物産館は、元々は明治30年に貝細工の製造加工・卸売店として創業したとのことで、この建物自体は昭和11年に建築された建物だとか。関東大震災後、地震に強い建物を建築したいという先代の強い思いで建てられました。

湯浅物産館の大きな特徴は、いわゆる「看板建築」と呼ばれる様式で建てられていることです。看板建築は、関東大震災後に東京近郊で多く建てられた建物で、木造家屋の正面部分をモルタルやタイル張りで仕上げた点に特徴があります。青色のスクラッチタイルで装飾された湯浅物産館は、とても木造建築には見えません。

○建物には落ち着きのある青色がキレイなスクラッチタイルが使われています。        

往時の雰囲気を遺す建物改修

湯浅物産館は、看板建築にしては珍しい間口の広い建物。6間もの幅、メートルに直せば約11mもの幅がある建物を7寸柱と呼ばれる4本の柱で支えた作りになっていることに驚かされます。現在は、耐震改修の点から壁が設けられていますが、竣工当時は4本の柱のみで支える一室の空間だったそうです。そして、この柱と土台は、湯浅物産館竣工当時からのものを使用しており、柱一つとっても歴史を感じます。

トキさんは、「先代はバイクが趣味で、店内を通ってバイクを6間幅の出入口から出していたのよ。」と懐かしそうに、当時のことをお話されていました。

○湯浅物産館竣工当時から使用されている柱と土台。                

トキさんからお話を伺う中で、これまでの建物の特徴を活かして改修を進めたことがよく分かりました。

例えば、トップライト(天窓)まで吹き抜けになった空間から注がれる太陽光。トップライトは、建築当初から設けられており、昔は簾のような竹細工で直射日光を調整していたそうです。改修工事でもこの吹き抜けが活かされており、温かい日差しが店内を降り注いでいます。

建物の2階は、このトップライトの吹き抜け部分を中心に回廊となってます。かつて、子どもたちがこの回廊をグルグルと回りながら鬼ごっこをしていたそうです。現在もこの回廊は遺されており、自由に行き来できます。また、吹き抜け部分の四方は、窓ガラスで囲われていますが、このガラスは竣工当時のガラスを用いているため、現在のガラスと比べて少し歪みがあり、これがまた昔の様子を思い起こさせます。

○回廊と回廊を覆うガラス。これらも、当時のものが使われています。            

1階店舗に目を移すと、天井が細かい装飾がプレスされた板金で飾られている点も目を引きます。この板金は長い歴史の中で歪んだり錆びたり、また色もあせていたそうですが、平成26年の建物の全面的リニューアル時に改修して竣工当時のものを現在も使用しているそうです。

■貝細工の製造加工・卸売店だった湯浅物産館

湯浅物産館1階の奥は、かつては住居として使用されていましたが、現在は「久時」というカフェが設けられています。ここでも、かつての建材が使われているせいか、とても落ち着く店内です。貝細工を製造販売していたときは、この裏に貝細工の工場があり、職人が貝細工を作っていたそうです。

そして、現在、写真スタジオになっている建物2階には、広々とした和室がありますが、ここはかつて貝細工を買い付けに来た遠方からの取引先の商人を宿泊させる場所だったそうです。

貝細工の製造加工・販売を行っていた面影は、「久時」の店内で見ることができます。

■建物を遺すには「想い」が重要ということを学ぶ

湯浅物産館は、平成15年に鎌倉市の【景観重要建築物等】に指定され、鎌倉市の景観にとって重要な建築物として扱われています。そして、平成26年には、耐震改修工事ならびに内装のリニューアル工事が行われました。木造建物の耐震改修工事としては、規模の大きな工事であったことから、一般財団法人日本建築防災協会の「平成27年度耐震改修優秀建築」に選ばれました。

トキさんに一時間近くにわたってお話を伺わせていただき、カフェ「久時」にも案内いただきました。建物を説明する際にのぞかせた懐かしそうな表情から、この建物への思いが伝わりました。古い建物を遺す。そのために不可欠な要素を学ばせていただきました。有難うございました。

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